私が摂食障害を克服するまで 高校生編① 

摂食障害克服の道のり。 こんにちは。

摂食障害を抱えたまま何とか高は校生になった私。高校に入る頃には、急激に体重が増え、見た目的には、あまり「摂食障害」と分からない私。

摂食障害を発症する人は、「新しい環境に適応するのに時間がかかる」という特徴を持つ事が多いようで、私もその内の一人でした。

見た目はみんなとほぼ一緒。だけど、私のこころの中は楽しみとういうよりは、新しい環境への不安と焦りと恐怖を覚えていた気がします。

一週間1回、たまたま、高校の近くにあった、主治医のいる病院にお昼休みに通院し、心理療法を受け、投薬治療をしながらの高校生活。

お昼休みに学校を抜け出すのが「みんなに何か思われたらどうしよう・・・」とびくびくしながら、でも、通い慣れ始めた先生と看護師さんのいる場所に行くのは、つかの間の休息でもありました。

その中でも、何とか友達も出来ましたが、いじめにも合い、人間関係を築く事は苦手だという想いは付きまとい、こころは常に不安と恐怖だらけ。。。
やっぱり自己表現する場所は、「勉強」しかなく、勉強に逃げ込む日々。学校では、一人で過ごす時間も長かった。

からだは痩せなくなって、むしろ、お薬のおかげでお腹はぽっこりと出ているし、何だか、回復して、成長しているように見えるけれど、家に帰れば、学校で溜めた不安や恐怖が爆発すると、両親とケンカをし、暴れまくり、家を飛び出し、心配をかけまくる生活。。。

記憶に残っている大喧嘩は、ある日は、ご飯を食べない私の栄養源を補う為に出されている栄養ドリングを飲む・飲まないで大喧嘩。

心配する母に向って私は、

「こんなの飲むくらいなら死んでやる!!!!」

と叫んでいました。

また、ある日は、調子があまり良くなく、部屋で一人寝ていましたが、ふと「うちの両親は、私が急にいなくなったらどう思うんだろう?」と、実験を開始。

火事場の馬鹿力ってやつで、ベランダから自宅の2階の屋根によじ登り、「ここから飛び降りても死ぬには低いなー」と、冷静に考えながら、家族の反応を待つ。そんな寒い冬の夜。

どのくらいたったか、「みまきが部屋にいない!!」と家族総出で捜索が開始され、

「あ!!!2階の屋根の上にいる!!!」と弟に発見され、父に救出されます。

この時に、「うちの家族は私がいないと心配してくれるんだ。」と初めて自覚した記憶があります。

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本当に、当時は、ありとあらゆる迷惑をかけ、両親や家族を傷つけたり、心配させてしまったと思います。特に、その時の母の傷ついたような顔は忘れられません。
そんな中でも、自分がどんなに傷ついても、私を見捨てず、愛を注ぎ、私と一緒に病気に向き合ってくれた家族には本当にこころから感謝しています。
だからこそ、今の私がある。

そこから私は「親に迷惑をかけない、親に認められる自分になろう!!!」と密かに決意。

その決意がまた、波乱を呼ぶのですが、それは、また次回から。

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さて、あなたは、今、どんな人たちに囲まれ、どんな考えや感情を感じながら生活しているでしょうか?

本来は、「○○ができるから認められる」とか「○○が出来ないから自分は愛されない」とか・・・

そんな条件によって、「認められる・認められない」「愛される・愛されない」は、決定されるものではないのですが、無意識深くそう思い込んでいる人たちが溢れていると感じています。

私は、「一人一人、本当に素晴らしくて、そんなことないんだよ!!」って、たくさんの人に伝えたいと思っています。

続きはこちら→私が摂食障害を克服するまで 高校生編②~大学受験奮闘記~

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