さてさて。
東京で寮生活をしながら、浪人生活が始まります。
4畳ほどの1人部屋に共同の食堂、お風呂、トイレがある浪人生、女子専用の寮にすみ、自転車で予備校に通いながらの新しい生活。
親元を離れた事で、新鮮さもありますが、全く誰も知らない不安もありました。
ですが、同じ『浪人生』ということで、抱えている悩みや不安がある程度、一致するからか、仲良くなるきっかけは、たくさんありました。
そういう意味でも、今までの学校生活とは違い、始めて仲良くなれた!と、私が実感する友達が出来たのもこの時でした。
(色々、自分の中が落ち着いてきてから、小学校〜高校の間にも友達がいたんだ、という事は、後から気づきます。)
そんな中でも、やっぱり、“受験のプレッシャー”に飲まれていき、何度か事件を起こします。
1人で誰にも知られず、過呼吸を繰り返すうち、訳が分からなくなって、飲んでいた薬を多飲。
救急車で運ばれる事はありませんでしたが、寮から親が呼び出しをくらい、気が付いたら、母親が横にいた事がありました。
もう一つは、予備校にいられなくなって、学校を飛び出し、先生に捜索され、、、。
この前後の1ヶ月くらいの記憶は、吹っ飛んでいます。
寮にも帰りたくなく、1人公園でぼーっと、していたのですが、その時に、
『時々、実家に帰るなり自由にやっていいよ。苦しいのは、今だけ。大学に行ったり、社会に出たら、色んな事があるから、もっと、気長に自分を追い詰めずにやろうよ。』
と、いうような事を、良く面倒を見てくれていた先生の1人が言ってくれ、そこから、少し、吹っ切れたものがありました。
この一言がなかったら、受験を乗り越えられなかったかもしれません。
思い込みの激しい私は、『もう、ダメだ!』と、思ったら、一気に自分を自分で『存在否定』するくらい自分で自分を追い詰める“クセ”がありました。
この“クセ”のおかげで、本当に周りに迷惑をかけてきたと思いますが、その度に、手を差し伸べてくれる人がいて、この時は、この先生の一言でした。
その一言で、何とか、とりあえず大学にどこかに受かろう。というモチベーションで、受験を乗り切り、ギリギリで“補欠合格”で、理学療法士の資格が取れる大学に通える事となりました。
そんな事があり、そのおかげで、一つ一つの出会いが本当に凄いんだなと、改めて思わされ、今があるなーと思います。
皆様にも、そんな出会いが溢れる日々になりますように。
きっと、気付けば、そんな出会いが日常にもあるはずです。
続きはこちら→私が摂食障害を克服するまで〜大学生編〜
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